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秋村天光 小説web HOME追憶・交遊録Oさんとホットケーキ (1 / 1)

追憶・交遊録|Oさんとホットケーキ (1 / 1)

まだ私が東京で会社勤めをしていた頃の話。
同じ会社に、雑用仕事をしているOさんというおじさんがいた。
年齢は、たしか60歳くらいであったと思う。
そのOさんのしゃべり方がおもしろい、必ず手を口に持っていく。
というより、笑いながら話すので何を言っているのか良く分からない。
おまけに語尾がはっきりせず、なお悪いことには早口ときている。
しかし、とても人が良く、いつもにこにことおだやかな人であった。
 ある日のこと、仕事を終えて帰ろうとしている私にOさんが言う。
「なあ、アハハ、一緒にウイスキー飲んで行かないか?……ハハハ、ホットケーキもあるし……」
なんでも、上野駅に立ち飲みさせる店ができたと言うのである。
あまり気は進まなかったが、Oさんの熱心さにまけて付き合うことにした。
なるほど、今まで気が付かなかったが、そんな店ができていた。
カウンターを前にして、Oさんは馬鹿に嬉しそうだ。
「あのー、ウイスキーのダブ……ハハハをなあ、アハハ、ダブ、ハハハを……」
と、いつもに倍した笑いと、相変わらずの尻切れ語尾でダブルのルが聞き取れない。
そして、
「ダブ……でいいなあ、なあ……アハハ……」
と、私に向かって事後承諾を求めるのであった。
私は黙ってうなずきながら、『通じたのかいな??』と少々不安だ。
しかし大丈夫であった、すぐにダブルのウイスキーがふたつ運ばれてきた。
どうやら分かってくれたようである。
機嫌良く飲みながら、Oさんは盛んに何か話しかけてくる。
酒のせいでよけい早口になっているので、慣れている私でも半分は理解できない。
しばらくした後、なぜかモジモジしながら、
「なあ、ホットケー食べないか?、ホットケーなあ、、、アハハ……」
と、赤い顔をクシャクシャにしてOさんは言う。
『おいおい、ウイスキーにホットケーキかい!』
そうは思ったが、
『なるほど、誘い方からして、こっちの方が目的だったのかも……?』
と合点。
「いいですよ、付き合いましょう」
「そう、そう!そんなら俺が頼でなあ、アハハ……」
と、これまた嬉しそうである。
「あのー、ハハハ……ホットケーをなあ、ホットケー……をなあ、アハハ……」
と、カウンターで、妙な顔をしてOさんを見ているお兄さんに向かって、思い切り笑いながら言うと、
「ふたつな、なあ、ホットケーなあ、、、アハハ……」
と、今度はお兄さんと私とを半々に見ながら、短い指を2本出すのである。
「よし、頼んだでなあ、ハハハ……早く来るといいなあ ハハハ」
Oさんは至極満足そうである。
しかし……
Oさん待望のホットケーキは、いつまで待っても出てくることはなかったのである。
「頼んだのになあ、馬鹿にしている……」
ホームへの階段を上りながら、まだ未練タラタラで怒るOさんである。
そうなのだ、お兄さんには、Oさんが何を言っているのか分からなかったのである。
ウイスキーという言葉が前にある分、初めの注文は何とか理解できたが、
いきなりのホットケー云々は、理解不能であったのである。
こうしてOさんのホットケーキ事件はさびしく終わった。
その後、Oさんがあの店で、念願のホットケーキにありつけたかどうか私は知らない。

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